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うつ病で処方された薬が原因で症状が悪化!?薬をやめたら本来の自分を取り戻せた

学生時代、うつ病を発症したことがあります。

元々神経質、人見知り、環境への適応能力が低く、コミュニケーション力にも難アリでした。

幼稚園から中学1年までは場面緘黙症で苦しんだ経験もあります。

しかし、大学ではそういった私の過去を知っている人間はもちろん一人もいないので、人間関係で誤解を受けた経験は数え切れないほどあります。

散々悩みました。

どうして思っていることがちゃんと相手に伝わらないのだろう。

私だって好きでこんな性格になったんじゃない。

もっとみんなとワイワイ楽しみたいし、青春って素晴らしい!!って心から思ってみたい…。

でも最終的には、

「別にいいや」

という結論に落ち着きました。

これが私という人間だし、少数でも私を認めて仲間だと思ってくれる人がいるのなら、それだけで幸せなんだ、と徐々に考えが変わっていったのです。

自分の存在価値を見失うような出来事

しかしそうは言っていられない事態が起きました。

大学四年になり、就活を始めなくてはいけない時期になりました。

周りには、三年の時にもうすでに希望の会社に内定をもらったという人もいました。

両親にも、そろそろ真剣に取り組まないと大変なことになるぞとプレッシャーをかけられ、私自身、内心穏やかではありませんでした。

重い腰を上げて挑んだ就活でしたが、なんとなんと、希望していた会社はすべて落ちてしまいました。

しかも、私はある面接でとんでもない失敗をしてしまったのです。

事務職の面接だったのですが、私はその日面接に来た学生たちの中で、一番最初に面接を受けることになりました。

それだけでも緊張もんですが、相手の言葉にスムーズに返せないという弱点もあります。

しかも、表情をうまく作ることが苦手です。

けれど、自分の持てる力を十分に発揮して頑張るぞ!と己を奮い立たせて面接室に入っていきました。

中には女性面接官一人と、二人の男性面接官がいました。

主に質問をしてきたのは女性面接官です。

痩せていて、高い位置で結い上げた長髪は腰元までありました。

バッチリと決めた化粧がどこか威圧的で、親しみという観点からは著しくかけ離れた容姿の持ち主だったと思います。

ある程度質問が終わった後に、女性面接官がこう言ったのです。

「もしかしたら希望の役職とは違う仕事をしてもらうことになるかもしれないけど、大丈夫ですか?」

え…。

だって、募集要項にはそんなこと書いてなかったし、私はこの仕事がやりたいと思ったから応募したのに…。

そんな心の声をそのまま答えとして言うのはナンセンスだということは分かっていたのですが、どうしても納得出来ない自分がいました。

嫌な沈黙が漂いました。

早く答えなきゃ。

大丈夫だって答えなきゃ…!!

だって、大丈夫だって言わなかったら、絶対不採用じゃん!!

結構です

れれれ…(*_*)。

私は自分の口から出てきた言葉に耳を疑いました。

大丈夫ですって言うんだよ!バカバカ!本当にバカ!!

でも後の祭りです。

女性面接官の険しい顔が一層険しくなり、語気強く言い返してきました。

結構ですじゃない!

本当だよ。なんだよ結構ですって…。あんた全然間違ってないよ。怒る権利あるよ。

と今なら女性面接官にも同情出来るのですが、当時の私にはそんな余裕はありません。

面接の途中でしたが、自分の殻に閉じこもってすべてをシャットアウトしてしまいました。

なので、その後のやり取りはまったく覚えていないのですが、部屋を出て行くとき、男性面接官が私の容姿に関してヒソヒソ呟く声が耳に入ってきました。

(私の足がどうのこうのってね…立派なセクハラ発言です…汗)。

女性面接官の剣幕にもやられましたが、男性面接官たちの不躾さに、すっかり自分の存在価値を見失ってしまった出来事でした。

どんどん自分を見失っていく

元々自分に自信のない私でしたが、この面接の失敗で、さらに自分が嫌になり、毎日ため息ばかりついて過ごしていました。

それでもなんとか内定をもらわないとという気持ちはあったので、その後も事務職を中心に面接を繰り返しました。

またとんでもない受け答えをしてしまうかもしれない…。

自分が信用出来ず、気持ちはどんどん沈んでいきました。

当然、そんな状態で受けた面接で、相手側に良い印象を与えるわけがありません。

またしても全滅でした。

そんな日々が続いたある日、私は身体の不調に気付きました。

なんとなく食欲が湧かず、胃のあたりがずっとモヤモヤしています。

胃の不快感は良くなるどころか日増しに強くなっていきました。

ため息を付くと胃がキュッと縮み、その後にドロドロした物がせり上がってくるような感触があるのです。

しかし、それは決して食べ物が逆流してくるといった現象ではありません。

私は以前のようにはものを食べれない状態になっていました。

気が付くと元の体重から4㎏落ちていました。

病院へ行くことへの抵抗

それでも病院に行こうという気にはなれませんでした。

もし精神疾患で投薬治療ということになったら、就職に不利になるんじゃないかと思ったからです。

両親は私の性格を知っているので、念仏のように就職就職、と言うようなことはありませんでしたが、それでも時々、

「就職活動やっているの?大丈夫なの?」

と尋ねられると、私は惨めさと思い通りに行かない苛立ちで自分を見失いそうになりました。

そんなとき、叔母から、

心療内科に行ってみれば?辛いことをいつまでも我慢するのは良くないよ」

と言われました。

叔母は看護師をやっていて、自身胃弱に悩んでいたので、私の胃の不調には同情的でした。

心の弱さが胃の不調を招いている。だから精神科に行かないといつまでもこの状態から抜け出せないんだ、と思っていたので、心療内科という言葉にちょっと拍子抜けしてしまいました。

恥ずかしながら、当時私は心療内科という科目があるということを知りませんでした。

 

【心療内科】…主に心身症を診る。

【心身症】…ストレスを起因とする身体の痛み、不調。検査をしても異常は見付からないが、働きや機能には障害がある。

【精神科】…主に精神症状を診る(うつ病、統合失調症、不眠症、神経症など)。

 

あまり乗り気ではありませんでしたが、叔母から紹介された心療内科を受診してみることにしました。

病院で処方された薬

当時私は、心療内科は心療(心)と内科(身体)両方を診てくれるところだと思っていました。

それで、医師に自分がどういうことで悩んでいるのか、その悩みが身体にどういう影響を与えているのかを説明しました。

医師は寡黙な人で、あまり患者に深入りしないタイプの人でした。

(一日の患者数が多いので、一人一人に時間を割いていたら、とても1つの身体ではもたなかったでしょう)

それでも、ボソッと返してくれる一言に、私は何度も救われる思いがしました。

そうだよね。就職で悩んでいるのって私だけじゃないよね。なにも焦る必要はないんだ…というふうに。

だから処方された大量の薬を、何の警戒心もなく毎日服用していました。

しかし、胃の不調は一向に良くならないし、むしろ悪化していっているのです。

さらには、精神状態が今までにないくらい酷くなっていました。

(10年以上前の出来事なので、当時の処方薬の情報は紛失してしまいましたが、当時調べた限りでは、処方されていたのは向精神薬睡眠薬胃薬だったと思います。医師からはっきりと病名を言われたことはなく、私は処方された薬の情報から、自分がうつ病であることを知ったのです。)

それまでの私からは考えられないような凶暴な思考が沸き上がってきました(今でもトラウマが残っているので、疲れたときは決して無理をしないことを己に言い聞かせています)。

自分をコントロール出来なくなる日が来るんじゃないかと思うと、怖くて外に出ることも出来ませんでした。

だからといって一人で家に閉じこもっていれば安心なのかというと、残念ながら違うんですね。

外も怖いけど、家の中はもっと怖いんです。

だって、私の前に広がっているのはモノクロの世界なんです。

色がなくなった世界で思考することが恐怖で、私は講義がない日はほとんど睡眠薬を服用して眠っていました。

母親が心配して、

「もう薬はやめな!」

と言ってきましたが、私には響いてきませんでした。

だって、薬をやめてしまったら、この症状はさらに悪化していくかもしれないじゃない。これ以上酷くなったらもう生きていけない!!

まさしくこそは地獄の世界でした。

薬をやめる決意

体重は30㎏台にまで落ちました。

バイトで貯めたお金が全部薬代に消えていきました。

就職も決まらないまま、卒業の日が目の前に少しずつ迫ってきます。

自分の所持金が底を突くと、私は母親に病院代を出してほしいと頼みました。

しかし、私の状態の悪化を目の当たりにしている母親は、なかなか協力的とは言えませんでした。

2、3回頼んでようやくお金を出してもらえるのです。

こんなことをずっと続けていると、そのことがものすごくストレスになってくるんですね。

母親も自分の立場上、はいどうぞ。とはお金を出せない。

必ず一言言葉を添えてきます。

「いい加減、もう病院に行くのはやめなさい」

「うん…」

口論をするような気力もないので、その場はグッと我慢。

しかしある日、私の中で何かが吹っ切れました。

もう病院、やめようかな…。

母親との金銭のやり取りも激しくストレスでしたし、薬を飲み続けることの終着点がよく分からなくなっていました。

(医師に訊けば良かったのですが、そういうことが出来ないんですよね…)

医師は私が「少し良くなりました」と言えば、「じゃあちょっと弱めのお薬にしますか?」と訊いてきます。

「少し悪くなりました」と言えば、「じゃあ元に戻しましょうか?」と言ってくるのです。

この苦しみから抜け出せる日って、もしかしたら永遠に来ないんじゃ…。

私は不安で不安で仕方がありませんでした。

丁度(?)お金もないことだし、思い切って薬をやめてみようかな…。

もしそれで悪化するんだったら、母親に無理言ってお金もらって、また病院で薬もらえば良いんだ。

そういうわけで、処方された薬が底を突いた時点で、私の長い通院&服薬生活は終わりを告げたのです。

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薬をやめたことで戻って来た本来の自分

ずっと警戒していました。

また眠れない日々がやってくる。

また胃がおかしくなる。

また凶暴になる…。

しかし、あれれ?ですよ。

なーんも起こりませんでした。

見事になーんも(笑)。

拍子抜けもいいところです。

あの苦しんでいた日々っていったい何だったの?

いったい私、何に苦しんでいたの?

むしろ、薬をやめてからは徐々にですが心身の状態も回復していきました。

就活は出来ないまま卒業式を迎えてしまいましたが、謝恩会で着るパーティードレスがしっくりくるくらいには体重も戻り、心から大学生活の締めくくりを楽しむことが出来ました。

しかしここで1つ、ことわっておかなければならないことがあります。

実は薬をやめたのと同じ時期、私の就職問題で家族会議が開かれました。

ずっと「就活やってるのか?早く決めないと大変だぞ」と言っていた両親が、

「自分のやりたいと思っていることを頑張ってやればいいんじゃないの?それで結果が付いてくるんなら、応援するよ」

というふうに私の心に寄り添ってくれるようになったのです。

これには本当に救われました。

(元々あまりやかましく言う親ではありませんでしたが、大学まで入れてもらったのに申し訳ないな、という後ろめたさが私には常にありました。)

またまた迷惑かけることになるかもしれないけど、その言葉に甘えよう。

軽くなった心で、私は将来へのプランをあれこれ考えました。

なので、もしかしたら就活へのプレッシャーが薄れたことも、病状の改善に繋がったのかもしれません。

うつ病薬の副作用

うつ病に使われる薬について調べていくと、意外な事実があることが分かりました。

なんと、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という抗うつ薬の副作用には、

  • 吐き気
  • 眠気
  • 下痢
  • 不眠
  • 不安感
  • 自傷行為
  • 自殺
  • 他人への危害

などがあるらしいのです。

しかも、24歳以下が服用する場合は注意が必要なんだそうです。

なんでも臨床実験で、24歳以下では悪感情衝動を引き起こすおそれがあることが報告されたのです。

私が薬を飲んでいたのは21歳のときです。

思いっきり24歳以下ではありませんか(-_-;)

しかも飲み始めてから、今まで考えたこともないような危険な衝動が沸き上がってきて、相当苦しい思いをしました。

これがSSRIの副作用(処方された薬の名前は思い出せませんがおそらく、これです)だったんだとしたら、私は服用したことで辛い思いをしたということになります(ドクター、なんで私にこれを処方したんだ?!)。

逆に服用していなかったら、もしかしたらあんな思いはせずに済んだんじゃないかと思うと、なんとも消化しきれないものが残ってしまいますね。

というわけで、私は向精神薬の副作用ドストライクだったようです(汗)。

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暗闇から抜け出す勇気

私がうつ病で投薬治療を受けていたのは10年以上も前のことになりますので、今の抗うつ薬がどうなのかということは分かりませんが、誰にでもまんべんなく効果を発揮する夢のような薬って、この世の中には存在しないんですよね。

良いと言われていても、その裏には副作用の心配が必ずつきまといます。

憂鬱な気分から逃れたくて薬を飲んでいるのに、さらに症状が悪くなるって、いったいどういうことなんでしょう?

私の場合は、お金が底を突いたというやむにやまれぬ事情があったので薬断ちをしなければなりませんでしたが、あのまま薬に依存して飲み続けていたらどうなっていたのだろう、と考えると恐怖で立ちくらみを覚えるほどです。

両親の理解があって、私は何が何でも就職しなければならないというがんじがらめの状態から逃れることが出来ました。

大学卒業後1年間、少しでも自分の可能性を広げようと資格取得に取り組みました。

ここでは触れませんが、3つほど取得しました。

そして翌年、取得した資格とはまったく別の職種でしたが、無事就職することが出来ました。

ここでは良いことも悪いことも経験しましたが、寿退社するまでは真面目に勤務しました(笑)。

今現在、相変わらずコミュニケーション能力の低さには悩んでいますが、家族にも恵まれ、それなりに幸せな人生を送っています。

あのとき、お金なくてよかったなあ~。

お金があったら絶対薬飲み続けていたし、今頃生きていたかどうかも怪しいわ、と素直に思います。

この瞬間、もしあなたがうつ症状に苦しんでいて、どうにかしたいと思っているのであれば、一度真剣に自分自身と向き合ってみてください。

薬に頼り切っていませんか?

薬を飲み始めてから症状が悪くなっていませんか?

この世の中に、万人に効く万能薬ってあると思いますか?

うつ症状を改善するために

うつ病は、幸せのホルモンと言われているセロトニンノルアドレナリンの減少が原因で発症するのではないかと考えられています。

それならセロトニンを増やせばいいのね、と簡単に考えてしまいがちですが、いくら口からセロトニンを摂取しても、効果を発揮してほしい脳まではなかなか届かないのが現状のようです。

ならどうすればいいんだ!と自暴自棄にならないでくださいね。

セロトニンを増やす方法はいくらでもあるんです。

まずは太陽の光を浴びること。

太陽光には脳内のセロトニンを増やす効果があるんです。

だから、朝起きたらすぐにカーテンを開けて太陽光を浴びてみてください。

朝日を浴びるには規則正しい生活をすることが重要です。

今すぐには無理というのなら、起床時間を一定にするだけでも大丈夫なので、まずは実践してみてくださいね。

それから、セロトニンは必須アミノ酸のトリプトファンを材料としているので、トリプトファンを多く含んでいる食べ物を食べることは、うつ病改善には有効です。

 

【トリプトファンを含む食べ物】…大豆食品、バナナ、ゴマ、卵、ナッツ類

 

特にクルミはオススメです。

トリプトファンを含んでいることはもちろん、クルミに含まれるα―リノレン酸は、体内でDHAEPAという栄養素に代わるんです。

サプリなどでも多く出回っているDHA、EPAですが、神経細胞を活性化してくれるので、認知症予防で飲んでいる人も多いですよね。

しかも、結構豊富な栄養素を含んでいます。

たんぱく質もそうですし、ビタミンB1、A、C、K、ビタミンE、葉酸、カルシウム、ミネラル、食物繊維などなど、数え上げたら切りがありません。

クルミを生活に取り入れるだけでうつ症状が改善するのであれば、かなりお手軽ですよね。

※ただし、ナッツ類にアレルギーのある方は控えてください。

それから忘れてはならないココナッツオイル。

こちらも、クルミと同じくらい認知症予防にいいってことで話題になった食品なので、知らない人はいないと思います。

実際、ココナッツオイルは甲状腺機能の悪化で引き起こされる抑うつには効果があるようです。

なんでも甲状腺機能低下の原因となる多価不飽和脂肪酸が、ココナッツオイルには含まれていないんだそうです。

薬に頼らずにうつ状態から抜け出せるのであれば、そっちのほうがいいと思いませんか?

薬には副作用の問題があります。

身体に合わない場合、症状がさらに酷くなってしまうこともあります。

自分の人生は自分だけの物です。

病気に捕らわれ、本来の自分を見失ってしまうのは仕方がないとしても、それがもし薬の副作用だった場合、本当に「仕方がない」と言ってられますか?

私の場合、

「あんな辛い日々もあったっけ…」

と今では懐かしい思い出の1つとなっています。

それもこれも、薬をやめる勇気を持てたからだと思います。

うつ症状が薬を飲んだことでさらに悪化したという場合、副作用も考えられます。

医師と納得いくまで話し合って、薬の量を徐々に減量していくというのも選択肢として持っていた方が良いと思います。

 

私の場合は、薬がなくなったら予約して通院というのを2週間ごとに繰り返していました。

それが薬断ちの決意と同時に、自分の判断で通院することをやめてしまいました。

幸い、突然薬をやめたことによる後遺症的なものは現れませんでしたが、それは私だけに言えることかもしれないので、副作用の心配から薬との関係を考え直したいとあなたが本気で思うなら、ちゃんと担当医の指示を仰いでくださいね。

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