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場面緘黙症で苦しんだ私が思う、場面緘黙児への対処の仕方

ポピーの小径

前回は、私が長いこと苦しんだ場面緘黙症からどうやって抜け出したかという内容で書きました。

場面緘黙を克服するのには、きっかけと本人の勇気がとても重要なわけですが、きっかけがあっても、どうしてもあと一歩の勇気が持てずに、長期にわたって症状を引きずってしまうというのが現状です。

今の教育現場が、場面緘黙児に対してどのようなサポートをしているのかまったく分かりませんが、私が小学生だった頃は、こういう状態への教育者の認識にはムラがあったように思います。

教員の場面緘黙児への対応

森の中の後ろ姿

当然のことのように、「なんでしゃべんないの?喋りなさい」なんて言う先生もいれば、私の喋れないという欠点を特に重要視せず、他の児童と公平に接してくれる先生もいました。

そういう先生は一人一人の得意分野を見抜き、高めることに長けていたと思います。

「なんで喋らないんだ?」

と訊いてくる先生は、場面緘黙児が喋らないことを自分で選択しているとでも思っているのでしょうか。

いやいや、そこまで深くは考えていないのかもしれません。

おそらく、

「今日朝ご飯なに食べた?」

くらいの軽~い気持ちで発しているのでしょう。

場面緘黙児はこのセリフを浴びせかけられるのを毎日毎日恐れながら生活しているんです。

「なんで喋らないのか?」

という質問の裏に、

「喋らないなんて恥ずかしいヤツだね。お前はみんなと同じことが出来ないんだから、すごく恥ずかしい生きかたをしているんだよ」

というニュアンスを感じ取ってしまうのです。

普段見ないようにしている劣等感を、無理矢理引っ張り出されるような感覚とでも言いましょうか。

問題なのは、このセリフを吐いた教育者が、場面緘黙児が答えるまでじっと待っているパターンです。

いったい彼ら(彼女ら)はどんな答えを聞きたいのでしょう?

「喋りたいんだけど恥ずかしくて喋れないんです」

「喋ろうとは思うんですけど、言葉がうまく出てこなくて」

「喋ることが怖いんです」

仮に場面緘黙児がこんな答えを返したとしたら、彼ら(彼女ら)はおそらくまたこう尋ねてくると思います。

なんで?

……

……。

言葉を失ってしまいますね。

『喋る=恥ずかしい、怖い』

という感覚が、まったくもって理解出来ないんですね。

理解出来ないことはこの上なく不愉快。だから、どうしても知りたいんでしょう。

でも、こういう無神経な問いかけは子供の心を深く傷付けるだけです。

喋れないことは場面緘黙児にとってコンプレックスなんです。

自分が劣等意識を持っていることを、さらっとした口調で指摘されたらどうでしょう?

本人は努力しようとしているんです。

臆病な自分に嫌気がさし、そんな自分を変えたいと思っているんです。

だけど、声を出すということが怖くて仕方がない。

恐怖に打ち勝つには誰だって、相当の努力と勇気が必要ですよね。

場面緘黙児も一緒です。

喋れないことを重要視しない

アイビーの壁

質問したことにまともに返事をしないので苛立つこともあるかもしれません。

こいつみんなに甘えて現状に満足しているな。ちょっと厳しく言ってやろうか、って思う瞬間もあるかもしれません。

けれど、どうか我慢してください。

誰かを深く苛立たせていることは本人が一番良く分かっています。

みんなに甘えているんだということも痛いくらい分かっています。

場面緘黙児は毎日毎日悩み苦しみ、自分の不甲斐なさに嫌気がさしています。

だから、どうか急かさないでください。

温かい目で見守っていてください。

そして、喋れないことをあまり重要視しないでください。

それよりも、その子が頑張っていること、得意に思っていることを思いっきりほめてやってください

自信を持たせてやるんです。

喋ることは出来ないけど、これだけは誰にも負けない。

そういう誇りみたいなものって、人間には必要だと思います。

私の小学5、6年時の担任だった男性教師は、自然とそういうことが出来る人でした。

休み時間に子供たちと雑談しているときでも、私がまともに返事をしないことを知っていても、必ず私にも話を振ってきました。

あの教室の中では、確かに私は存在価値を認められていました。

ちゃんとクラスの一員でした。

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親の場面緘黙児への対処は

親子の標識

私の両親は、私が学校で喋れないことは知っていましたが、

「学校で喋れるようになった?」

という質問をすることはあっても、

「ちゃんと学校でも喋りな!」

と指摘するようなことはほとんどなかったと思います。(ただ記憶がないだけかな…)

学校では不安感や恐怖心で萎縮していた私ですが、家では反動なのか、かなり落ち着きなくそこらじゅう駆け回っていました。

自由奔放という言葉がしっくりくるくらい開放的だったと思います。

そんな娘を見て、ちゃんとバランス取れているな、と判断していたのでしょうか?

実際のところは分かりませんが、喋れないことをいちいち指摘されなかったことは、私にとっては救いでした。

何度も言いますが、場面緘黙症を克服するのは本人です。

親子といえど、子供にもプライドってあるんですよね。

弱い部分は親に見せたくないっていう…。

だからプレッシャーになるような言葉は封印して、ただ子供の話に耳を傾けてやってください。

安らげる場所がなくなったら、場面緘黙児は一層自分を追い詰めることになってしまいます。

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場面緘黙症を乗り越えても…

黄色いコスモス

中学2年からは誰とでも話せるようになった私ですが、何年もまともな会話をしてこなかったので、言葉がすらすら出てこなかったり、人が三人四人と増えていくと話の内容が分からなくなったりということが頻繁にあるんです。

この後遺症のようなものにはいまだに苦しめられています。

というか、専業主婦になってからちょっと酷くなってきたような気がします。

ろれつも回らなくなってきているんで、かなりヤバイです。

世の中のママさんたちを見ていると、本当にみんなすらすらと言葉が出てくるので、すごいなーって思ってしまいます。

この世界で喋るのが下手くそなのって、もしや自分だけなんじゃないかと思うくらい(笑)。

でもきっとどこかにはいますよね。

私のように喋るのが苦手だったり下手くそだったりして悩んでいるママさんが…。

ということで、次回は場面緘黙症を克服してもつきまとう喋りづらさをテーマに綴っていきたいと思います。

お付き合いありがとうございました-!

 

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