このブログでもカテゴリーを掲げていますが、ある特定の状況や場面で話せなくなったり、それによってコミュニケーションに支障が出てしまう状態のことを場面緘黙症と言います。
人見知りが激しいだけだとか、甘やかされ過ぎたせいだとか、今でも誤解の多い場面緘黙ですが、当の本人の苦しみには計り知れないものがあります。
運よく場面緘黙を克服出来たとしても、口を閉ざし続けてきた弊害は大きく、大人になってもうまく人付き合いが出来ないことに苦悩することになります。
今日は場面緘黙当事者だった私の、発症から克服、そして後遺症と思える生きづらさまでを過去記事と共にまとめてみたいと思います。
きっと場面緘黙に対する理解が深まりますよ!
場面緘黙症を理解する
場面緘黙発症の原因には、生まれながらに不安になりやすい気質であったり、入園や転校といった環境の変化、両親間の言語環境の違い、いじめなどが関係しているのではないかと言われています。
まだ研究が進んでいないという現状もあるようで、場面緘黙症に対する認知度はとても低いように思います。
今も自分の殻を打ち破れずに苦しんでいる子供やその親御さんが、場面緘黙症というものがあるということを知り、少しでも早く対策に乗り出してくれればという思いから、今日はこうして筆を執ったわけですが、かくいう私も、幼少期の自分が場面緘黙症だったと知ったのは大人になってからです。
もう少し早く気付いていれば、また違う人生があったんじゃないかと思うとやりきれなさが残ります。
大切なのは、自分の症状が弱さとか甘えではなく、ちゃんとした名称のある疾患だと気付くことです。
そうすれば少なくとも、自分を「ダメなやつ」だと責め苛む生きかたからは開放されるはずですから。
私自身も場面緘黙を知ったのは今から数年前のことですが、知ったことでだいぶ気持ちがラクになりました。
繊細な子供
自分の繊細さが、生まれながらの気質によるものなのか、それとも後天的なものなのかは分かりませんが、いずれにせよ自分は場面緘黙症からは逃れられなかったのではないかと思うことがあります。
幼少時代、両親の不和とそれを取り巻く大人たちの緊迫のやり取りをずっと見て育ちました。
ここでもう一度書くのは気が重いので(笑)詳細は過去記事をご覧ください。
大人になっても私はまだ場面緘黙症を引きずっている。場面緘黙は「もともと不安になりやすい気質を持っていて、そこに様々な要因が重なることによって発症」するのではないかというのが一説としてあります。
両親の不和をずっと見て育ってきたことが「様々な要因」の1つに入るのは、ほぼ確実だと自分では思っています。
いらない緊張感をまだ生まれて4、5年の子供が日常的に被るのには相当なリスクがあるということは目に見えて明らかですし、そのストレスが長期的に心身に与える影響を考えると、やっぱり夫婦の不和を子供には見せちゃいけませんね(^^;)
そして不運なことに、時を同じくして私には大きな環境の変化がありました。
幼稚園入園です。
両親が共働きということもあり、それまで近所のごく限られた子供たちとしか遊ぶ機会がありませんでした。
突然緊張感に包まれた入園式に連れて行かれ、そこで大勢の自分と同じくらいの子供たちを見たときの衝撃は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
この日から私の長い場面緘黙症時代が始まることになるのです。
追い打ちをかける出来事
今の時代ではちょっと考えられないのですが、私が小学生のころは、まだ左利きを良くないとする先生が存在しました。
誰が頼んだわけでもないのに、この先生は左利きの私を右利きに矯正しようと結構なスパルタ教育を施してきました。
こちらも、あまり振り返りたくはない出来事ですね。
ということで、またまた過去記事のご登場。
左利きの何がいけない?利き手を矯正することの弊害こういう現状ですから、「場面緘黙児に手厚いサポートを」だなんて、遠い国の絵空事のような話です。
拍車かかりました。
完全に。
自信を付けてやることの重要性
私がよく母親に言われていたこと。
「なんでそんな小さいことを気にするの?もう少し気持ちを大きく持たないとダメだよ」
どうしても相手の何気ない言葉を深刻に受け止めてしまうのです。
言葉だけではありません。
たとえば、クラスメート数人がこちらを見てニヤニヤ笑っていたというだけで、その日1日が地獄です。
無限ループに突入です。
放課後まで「どうして私を見て笑っていたんだろう」寝入るまで「私の悪口言ってたんだろうか」そんなことを延々と考えながら、最後は脳が疲れて眠るというパターン。
もしかしたら、クラスメートは私の後ろの児童のことを笑っていたのかもしれないし、私のことを笑っていたとしても、小学生なので理由なんてたかが知れています。
大人が「くだらないこと」と思うようなことを一々深刻に捉え、自分を追い詰めてしまうのは日常茶飯事でした。
こういう傾向は今もあまり改善されていないように思います。
何も悩むことがないと逆に不安になるようなおかしな事態に陥っています。
常に何かを案じ、何かに不安を抱いていないといけないと思い込んでいるのですから、毎日気の休まることがありません。
こういう思考のクセを改善するには自分に自信をつけることが近道だと思うのですが、幼少期から培われてきたものなので、ここまで年を重ねてしまうと結構難しく感じてしまいます。
だからこそ思うこと。
場面緘黙児は一見何を考えているのか分からないような面があるけれど、心の中では自己否定ばかりで相当な苦しみを味わっていることが多いです。
自信を付けられる経験を意識的に増やすべき!
【場面緘黙症】改善へのヒントを元場面緘黙児の私が考えてみた友情を失うかも知れないと思ったときに吹っ切れた
最後は場面緘黙症を克服出来たときのお話。
結論から言いますと、友情を失うかも知れないという切迫した状態が私の長年続いた場面緘黙症時代の幕を下ろすきっかけとなりました。
元場面緘黙児の私がどうやって場面緘黙症を克服したかのお話実に8年。
この8年の間に失ったもの、えられなかったもののことを考えると未だに気持ちが沈みます。
特に喋りづらさ。
とにかく話しをすることが下手です。
言葉もスムーズに出てこない上に言い間違いも多いので、時々「あああああ~~!!」って頭をかきむしりたくなります。
言語力発達の臨界期は12~13歳という仮説があるそうです。
その間口を閉ざし続けたという事実はもう変えようがないので、今更どうしようもありませんが、やっぱり心が痛みますね。
言葉がスムーズに出てこない。心配しても仕方がないのかもしれないけれど、やっぱりどうにかしたい
場面緘黙児への対応を私なりに考えてまとめた記事はこちら。
場面緘黙症で苦しんだ私が思う、場面緘黙児への対処の仕方
さいごに
あまりにも人付き合いが苦手で悩み苦しんでいるという方、コミュニケーションが潤滑にいかないことに苦悩している方、私もその1人です(^^;)
これからも人生を生きやすくするためにどんなことが出来るのか、日々学習しながら探求していきたいと思いますので、新たな記事を書いた際には目を通していただければ嬉しいです。
最近では、食べ物がメンタル面に及ぼす悪影響に感心があり、こんな記事を書いています。
お時間のあるときにぜひ読んでみてください。
こちらも頑張って書きました。
メンタル面にばかり気を払ってきましたが、ネガティブ思考などの改善には体の調子を整えることも大事なんだなと最近思うようになりました。
場面緘黙症を理解するのにおすすめです!
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